僧侶に本物も偽物も無いという日本の法律上の性質から考えると、托鉢が軽犯罪法になぜかならない事の延長で、個人の宗派(?)でインディーズ托鉢しても合法にならないと、憲法上の問題になる気がするけどどうなんだろ?><少なくとも人権に相当する部分(信教の自由)の根本的な部分に対して『社会通念上』という解釈を行うこと自体が危険なので、托鉢に関して宗教法人に属しているか否かで判断することも日本国憲法第20条に違反するような気がするんだけど><
それを社会通念上で解釈してよいとなると、なんらかの信仰に対してそれが憲法上の信教に相当するかを社会通念により解釈してよいと言うことになり、信教の自由の概念自体の自己否定になると思うんだけど><(人権上の自由を自由じゃなく社会合意によって決めるという、人権の理念の崩壊になっちゃう><)
思考の /dev/null
それを社会通念上で解釈してよいとなると、なんらかの信仰に対してそれが憲法上の信教に相当するかを社会通念により解釈してよいと言うことになり、信教の自由の概念自体の自己否定になると思うんだけど><
(人権上の自由を自由じゃなく社会合意によって決めるという、人権の理念の崩壊になっちゃう><)