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日本の戦国時代の歴史に詳しい人だれかおしえて><;
(NHKの歴史教養番組をボケっと大量に見てるだけなので「なんか知らないけど、武士って本名を敵に知られると呪われるから(?)本名は名乗らないし、身内が本名で呼ぶのもとても失礼に当たる」ってなんか偉い先生が言ってた気がする>< というあやふやな断片的な知識しかない><;)

@orange_in_space 専門家ではありませんが……。

「徳栄軒信玄」は法名ですね。なので出家後は、「信玄入道」「徳栄軒どの」と普通にみんなから呼ばれていたのでは。

「晴信」は「諱」とか「名乗り」というもので、公的な文章(対朝廷、対寺社)にはこれを使って「源晴信」「源朝臣晴信」と書いたはずですが、人に「晴信」と呼ばれることは無かったと思います(父とか叔父とかにはそう呼ばれた可能性も)。

「諱」を持つ前(家督を継ぐ前? 元服する前?)は、周りからは「勝千代どの」と呼ばれていたんではないでしょうか?

あとは周辺の大名や国人からの呼ばれ方としては、名字と官途名を合わせた「武田大膳」なんではないでしょうか。

大事なのは、「じゃあどれが本名なんだよ」とは思わないことです、どれが本物でどれが仮称かみたいなのは、そういった感覚自体がなかったそうです(「氏名の誕生」尾脇秀和 ISBN 978-4-480-07376-1 より)。

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