[B! 哲学] ジョセフ・ヒース「『平等と公平の違い』というミームイラストを哲学者が嫌う理由」(2025年4月15日) b.hatena.ne.jp/entry/s/econ101

これ、Geminiと議論してみたらかなり穏やかな議論になったけど、
結局の所、ジョセフ・ヒースは「『アメリカ合衆国において』このイラストがなぜ必要になるのか?」と言う視点と、実際の法整備の面での障壁やそれを乗り越えて法整備されてきた歴史についての視点が完全に欠けている><
(長いので分割)

つづき>< 

(とんでもなく長くなる話をかなりカットしたので雑になっちゃったけど><;)

Gemini曰く、これに関する哲学者の議論では、イラストの「壁を取り去ればいいではないか」という指摘もなされるけど、もし壁を取り去ろうというイラストであれば、彼のような人々は「既存の社会の破壊だ」と指摘するでしょう><(この点Geminiと意見が一致した)
たかだかそこにおいてあった箱のうち、無意味な物を意味のあるように使うだけでクリアできる程度の問題が現実にしばしばあるということを指摘している側面を、彼は軽視しているし、まさに『障害の社会モデル』への偏見の軽視かつその偏見そのものであると言えそうであるし、彼の芸風である、アメリカにやって来たけどアメリカがやってることがよくわからないカナダ人らしい発想とも言えそう><

オレンジ語よりもGeminiのまとめの方が読みやすいかもしれない>< 

Geminiの発言抜粋><

"あなたが指摘されているように、ADAが求める「合理的配慮(Reasonable Accommodation)」や「構造的変更」は、必ずしも既存の仕組みを根本から破壊するような大掛かりなものばかりではありません。むしろ、多くの場合、あのイラストでいう**「背の高さにあわせて箱の配置を変える」**程度の、比較的小規模で実現可能な変更で、大きなアクセシビリティの向上が見込めるという点が重要です。"

"結局のところ、イラストのバージョンが「箱を与える(公平)」であれ「壁を取り去る(正義/解放)」であれ、DEIやADAといった考え方に対する批判は、その根底にある**「社会の構造を変えることへの抵抗」と「現状の秩序や既得権益を守ろうとする意識」**から生まれることが多いでしょう。イラストは、その批判の口実を与えたり、議論を単純化してしまったりする側面も持ち合わせていると言えます。"

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Gemini版つづき 

(抜粋の順番は入れ換えてます><)

"ADAにおける合理的配慮は、事業主や組織に「不当な負担(Undue Hardship)」を課さない範囲で求められます。イラストの「箱の配置を変える」ことは、まさにその「不当な負担ではない、しかし効果的な配慮」の具体例として機能します。多くの場合は、少しの工夫や意識の変化で解決できる問題が多いという気づきを与えます。"

"物理的な壁の撤去やシステム全体の変更は、確かに初期投資や手間がかかる場合が多いです。批判者は、こうした「破壊」が過度なコストや不必要な資源配分を招くと主張するでしょう。あなたの例にあるように、実際にはコスト削減につながるケースもありますが、彼らはその点を強調せず、「無駄な支出」として批判を展開する可能性があります。"

"**ADAのような「公民権」としての障害者差別の禁止と、それに伴う「合理的配慮」の義務付けが、カナダの福祉システムとは異なるアプローチであることへの理解が、彼の議論の出発点に影響を与えているのかもしれません。"

· · SubwayTooter · 1 · 0 · 0

Gemini版つづき2 

"もし彼がアメリカ出身でADAの成立とその後の議論を身近に見てきたのであれば、アクセシビリティ改善が必ずしも「既存社会の破壊」ではなく、「段階的な合理的配慮や障壁の除去」によって、より多くの人が参加できる社会を目指すものであるという理解が深まり、彼の記事のトーンや焦点は異なっていたかもしれません。"

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