「以前「淫夢ネタ」をめぐる議論が盛り上がっていた。あれが倫理的に問題なのは勿論だが、「淫夢のおかげで会話ができるようになった」という話は重く受け止めた。自分にも似た経験があるから…というだけでなく、ああいう作品に、ああいう作品だからこそ救われる人もいることを真面目に考えてこなかった
「娯楽作品に求めるものは人によって違う」「作品から何を受け取るかは人によって違う」という時の「人」や「違う」を、私は少し甘く考えていたのではないか。心のどこかで「勉強や経験を積めば、結局みんな同じように感じるはずだ」と、誰もが自分と同じような人間であることを前提にしてなかったか
「この作品を楽しんでいる人は、こういうものを求めているわけでしょ?それがダメなんだよ」みたいな話が最近多いと思うんだが、この語り口にはなんか危ういものを感じる。これは私と同じように、心のどこかで「人によって違う」の「違う」を甘くみている人間の発想ではないか、と。」