学ぶときの態度の話
学ぶときの態度の話。
学ぶときには、謙虚になる必要があるとよく思います。それは、先生に対して謙虚になるという面もありますけれど、もう少し正確に言うと、学ぶ内容に対して謙虚になるということです。
極端な話をすれば、自分はもう全てを知っていて、学ぶことは何もない。自分はもう変化する必要はないし、変化もできない。などと考えているならば、うまく学ぶことができません。当たり前の話です。
知識を身に付けることであれ、新しいものを理解することであれ、それは何らかの意味で「自分が変化する」ことを意味します。自分はすべてを知っているというならば、もう変化する余地は無いと宣言しているようなものです。
もちろん逆に、自分がフラフラしすぎていても学ぶことは難しいかもしれませんね。自分が変化しすぎるならば、自分がどこに何を組み立てているのか、それが判然としなくなるからです。
ということは、何かを学ぶときには随分微妙なバランス感覚が必要とされることになりそうです。自分の理解は今こういう状態である。今回の学びの中で、自分の理解はこのように変化した。そんなふうに言語化できるとは限りませんけれど、そういった学びのビフォーとアフターを自覚することは、学びの上で大事じゃないかと思います。
謙虚になるというと、何かしら道徳的なあるいは、倫理的なニュアンスが出てしまいますけれど、むしろ謙虚さとは大胆さや勇気じゃないかと思います。自分が変化することを恐れない大胆さや勇気のことです。
謙虚になるというならば、何かしら静かで落ち着いた印象を与えがちですけれど、実はそれとは真逆なのかもしれませんね。